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史跡 花の井(はなのい)

  古くは名水の井戸として知られ、昔は寒暑にも涸れることなく清水がこんこんと湧き続けたといいます。  別名山下水ともいわれ、能因法師の歌でもあし引きの山下水に影みれば 眉しろたへに我老いにけりと詠まれています。  天和2年(1682)、樋口氏が自宅と井戸の普請を行った際、顕彰文を井戸の内側に刻みましたが、長い年月で文字は風化し清水も涸れ、石組だけが古い時代を偲ばせてくれます。...

古曽部窯跡(こそべかまあと)

 古曽部窯跡は、京都で製陶技術を学んだ初代五十嵐新平が江戸時代後期(18世紀末)に開いた「古曽部焼き」の窯跡です。  幕末から明治初頭にかけては、料亭などの大量注文に応じて作られることも多く、これが古曽部焼きの生産拡大につながりました。  しかし、4代目信平の時(明治末年)に窯が廃され現在では当時の様子を偲ぶ事はできません...

天神山遺跡(てんじんやまいせき)

 天神山遺跡は、天神山丘陵の先端、上宮天満宮社殿の西北方一帯にあります。  3つの支丘陵に展開する弥生時代の集落跡で、昭和30年、住宅開発の整地作業中に古代住居跡や墓が発見され、多数の土器や石器、分銅形土製品などが出土しています。  中央の丘陵からは、高さ約60cm、袈裟襷(けさだすき)という文様が描かれた銅鐸(どうたく)が出土しています。銅鐸は豊作を祈るまつりに使用されたと考えられている祭祀具です。住...

史跡 文塚(ふみづか)

 中古三十六歌仙の一人で、平安時代の代表的歌人である能因法師が、死期を前にして吟稿(和歌の原稿)を埋めたところと伝えられています。ところで、中古三十六歌仙って?清少納言、和泉式部、紫式部 などが有名どころですね。  所在は不明でしたが、江戸時代の嘉永2年(1849)、山藤辰政がこの碑を建てて顕彰しましました。  ...

史跡 不老水(ふろうすい)

 能因法師墳から標識に従って数分のところに史跡「不老水」はあります。  老いを知った能因法師が山麓に湧き出る清水に不老不死を願い、好んで煎茶に用いたと伝承される井戸です。  大正11年(1922)発行の「大阪府全誌」には「寒れいにして茶に適し、其の名遠近に喧伝して、あまねく茶客の知る所なり」と記され、その名声が紹介されています。  付近は都市化が進み、家屋が建ち並んでいますが、今も枯れることなく湧き続けて...

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