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清福寺太子堂(せいふくじたいしどう)

 清福寺太子堂は江戸時代の大工職人に始源神とあがめられていた聖徳太子を祀ったお堂です。明和2年(1765)に造立された当時、村内に29人の大工が居住していたといいます。  御所・幕府関係の建築仕事に従事していた大工職人の技術者集団で、堂は職人の結束を固める象徴的存在として信仰を集め、大工仕事の繁栄を祈願し集落の中心に位置していました。  一辺が約2.19mの立方形で、内部の仏壇の中には木彫り彩色の聖徳太子少...

史跡 嶋上郡衙跡(しまがみぐんがあと)

 芥川の西岸に位置する嶋上郡衙跡は、旧西国街道の北側にひろがり、北は式内社である阿久刀神社、西は芥川廃寺に囲まれた地域にありました。郡衙とは、柵や溝で囲まれた長大な建物群が整然と並ぶ、律令制下の郡行政の中枢でした。  昭和45年の調査では、立派な石組井戸から「上郡(かみごおり)」の墨書のある土器が発見されました。上郡は摂津国三嶋上郡の意味で、付近一帯が郡家(ぐんげ)と呼ばれていることからも、この地がまさ...

前塚古墳(まえつかこふん)

今城塚古墳の北側に位置し、古墳時代中期(5世紀頃)の前方後円墳です。前塚古墳という名前やその場所から、この古墳は今城塚古墳の陪冢(ばいちょう -大きな古墳に近接した小さい古墳で、近親者や従者を葬った墓- ではないかと思われます。 墳丘の西側半分は削られ、隣接するマンションの駐車場になっています。 航空写真で見ると良くわかりますね。  古墳から出土した石棺は長持方石棺と呼ばれ、昭和49年(1974)に大阪府の...

安満山古墳群(あまやまこふんぐん)

 安満山古墳群は、6世紀後半から7世紀にかけて築造された古墳群で、市内では、塚原・塚脇に次ぐ大規模な群集墳です。  昭和44年(1969)、公園墓地の造成に先だって一帯の分布調査が実施され、横穴式石室をもつ40数基の円墳の所在が確認されました。  その一つ、安満山A1号墳は、直径約12mの円墳で、上部はすでに失われていました。石室は南向きにつくられ、全長は5.1mです。副葬品の数や出土状況から、ここには2人が葬られてい...

三箇牧水路(さんがまきすいろ)

 三箇牧水路を含む淀川右岸中流域は、弥生時代以降豊かな淀川の水量を背景に水田稲作を中心に農耕文化を育んできました。しかし、淀川の氾濫や排水不良に苦しめられた低湿地帯でもありました。  そのため、中世以降、縄手と呼ばれる小堤防(輪中堤わじゅうてい)によってそれぞれの区域を囲み、周辺から排水を一切受け入れない構造とし、区域内の排水を全て下流の河川に流していました。  これらの状況を改善するため、安土桃山...

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